最高裁判所大法廷 昭和56年(行ツ)58号 判決 1983年11月07日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由について
一 本件上告理由の要旨は、衆議院議員の議員定数の配分を定めた公職選挙法の規定(以下「議員定数配分規定」という。)に憲法違反の瑕疵があることを理由として昭和五五年六月二二日に行われた衆議院議員総選挙中東京都第三区における選挙の無効を求めた本件訴訟につき、原判決は、右選挙当時、議員定数配分規定が全体として違憲であることを認めながら、行政事件訴訟法三一条一項に示された一般的な法の基本原則に従うこととして選挙無効の請求を棄却するとともに、上告人の属する選挙区における選挙が違法である旨を宣言するにとどめたものであるところ、(一) 原判決の右判断は、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決(民集三〇巻三号二二三頁)の多数意見の見解に従つたものと解されるが、公職選挙法の規定に違反する選挙を常に無効とすべきものとすれば、憲法違反の議員定数配分規定に基づく選挙は、一層強くその効力を否定すべきであるから、右の点に関する原判決の判断は、憲法九八条一項の規定の解釈を誤るか、又は憲法に違背するものである、(二) 原判決は憲法に違反する議員定数配分規定の効力の有無につき判断を示していないが、法令を違憲としながら、これに基づく具体的な国家行為を無効としない場合には、判決によつて法令の効力の有無の判断が示されて初めて判決に実効性が付与されるものであるから、改正等によつて当該法令の効力が失われているときを除き、違憲の法令の効力の有無の判断をしないのであれば、その判断を要しない特段の理由を示す必要があると解すべきであるのに、前記大法廷判決の事案と異なり、現行の議員定数配分規定が問題となる本件において、右規定を違憲であるとしながら、右特段の理由を示すことなく、その効力の有無を判断しなかつた原判決には、判断遺脱又は理由不備の違法がある、というのである。
二1 議会制民主主義を採る日本国憲法の下において、国権の最高機関である国会は、全国民を代表する選挙された議員で組織する衆議院及び参議院の両議院で構成され(四一条、四二条、四三条一項)、両議院の議員を選挙する権利は、国民の国政への参加を認める基本的権利であつて、法の下の平等を保障した憲法一四条一項の規定の政治の領域における適用として、成年者たる国民のすべてに対しその固有の権利として保障されるものであり、右議員を選挙する者の資格は、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならないものとされている(一五条一項、三項、四四条但し書)。更に、憲法一四条一項の規定は、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等をも要求するものと解すべきである。
しかしながら、議会制民主主義の下においては、選挙された代表を通じて国民の利害や意見が国政の運営に反映されるのであり、選挙制度は、国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させることを目的としつつ、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、各国の事情に即して決定されるべきものであつて、各国を通じ普遍的に妥当する一定の形態が存在するわけではない。日本国憲法は、国会の両議院の議員の選挙について、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるものとし(四三条二項、四七条)、両議院の議員を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量に委ねているのであるから、投票価値の平等は、憲法上、右選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、原則として、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。
それゆえ、国会が定めた具体的な選挙制度の仕組みの下において投票価値の不平等が存する場合、それが憲法上の投票価値の平等の要求に反しないかどうかを判定するには、憲法上の右要求と国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させるための代表を選出するという選挙制度の目的とに照らし、右不平等が国会の裁量権の行使として合理性を是認しうるものであるかどうかにつき、検討を加えなければならないものというべきである。
2 右のような見地に立ち衆議院議員の選挙の制度についてみるのに、公職選挙法は、いわゆる中選挙区単記投票制を採用し、その制定当時において、衆議院議員の定数を四六六人とし、全国を一一七の選挙区に分かち、これに三人ないし五人の議員を配分していたところ、これは、候補者と地域住民との密接な関係を考慮し、また、原則として選挙人の多数の意思の反映を確保しながら、少数者の意思を代表する議員の選出をも可能ならしめようとする趣旨に出たものであること、議員定数の配分を定めた制定当時の同法別表第一は、衆議院議員選挙法の一部を改正する法律(昭和二二年法律第四三号)による改正後の衆議院議員選挙法(大正一四年法律第四七号)の別表の定めをそのまま維持したものであること、右別表における選挙区割及び議員数は、昭和二一年四月実施の臨時統計調査に基づく人口を議員定数で除して得られる数約一五万人につき一人の議員を配分することとし、その他に都道府県、市町村等の行政区画、地理、地形等の諸般の事情が考慮されて定められたこと、及び右人口に基づく右制定当時の選挙区間における議員一人当たりの人口の較差は最大一対一・五一(以下、較差に関する数値は、すべて概数である。)であつたことがその制定経過から明らかである。
右にみたとおり、公職選挙法は、その制定当時、衆議院議員の選挙の制度につき、選挙区の人口と配分された議員数との比率の平等を唯一、絶対の基準とするものではないが、これを最も重要かつ基本的な基準とし、更に、前記の諸般の要素をも考慮して、選挙区割及び議員定数の配分をしたものと解されるところ、衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数の配分の決定には、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要素が含まれており、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかについて客観的基準が存するものでもないので、結局は、国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによつて決するほかはないのであつて、右のように定められた公職選挙法制定当時の議員定数配分規定が憲法上国会に認められた裁量権の範囲を逸脱するものでないことは明らかというべきである。
しかしながら、右見地に立つて考えても、公職選挙法の制定又はその改正により具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいは、その後の人口の異動により右不平等が生じ、それが国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と判断されざるをえないものというべきである。
もつとも、制定又は改正の当時合憲であつた議員定数配分規定の下における選挙区間の議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差が、その後の人口の異動によつて拡大し、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つた場合には、そのことによつて直ちに当該議員定数配分規定の憲法違反までもたらすものと解すべきではなく、人口の異動の状態をも考慮して合理的期間内における是正が憲法上要求されているにもかかわらずそれが行われないときに、初めて右規定が憲法に違反するものと断定すべきである。
3 以上は、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決(民集三〇巻三号二二三頁)の趣旨とするところであり、また、議員定数配分規定そのものの違憲を理由とする選挙の効力に関する訴訟が公職選挙法二〇四条の規定に基づく訴訟として許されることも、右大法廷判決の認めるところであつて、これを変更すべき理由はない。
三 そこで、公職選挙法制定後における議員定数配分規定の改正の経過及び昭和五五年六月二二日に行われた衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)当時における議員定数の配分の状況についてみるのに、議員定数配分規定は、公職選挙法制定後、奄美諸島及び沖縄の本邦復帰に伴つて前者の地域に一人後者の地域に五人の議員を配分する改正がされ、また、昭和三九年(同年法律第一三二号)及び同五〇年(同年法律第六三号)には、選挙区間における議員一人当たりの人口につき生じた較差の是正を目的として一部の選挙区につき議員数の増加及びこれに伴う選挙区の分割が行われたところ、右のうち、昭和五〇年法律第六三号(以下「昭和五〇年改正法」という。)による議員定数配分規定の改正においては、直近の同四五年一〇月実施の国勢調査による人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対四・八三にも及んでいたのを是正するため、右改正前の衆議院議員の定数四九一人に二〇人を増員してこれを議員一人当たりの人口の著しく多い一一の選挙区に配分し、これによつて議員数が六人以上となる選挙区を分割することとされたもので、右改正の結果、前記国勢調査による人口を基準とする右較差は最大一対二・九二に縮小することとなつたことが右改正の経過から明らかであり、また、本件選挙当時、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が最大一対三・九四に達していたことは、原審の適法に確定するところである。選挙区間における本件選挙当時の右較差は右改正の前後を通じた人口の異動の結果にほかならないと推定されるが、前記のとおり、選挙区の人口と配分された議員数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされる衆議院議員の選挙の制度において、右較差が示す選挙区間における投票価値の不平等は、国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたというべきであり、これを正当化する特別の理由がない限り、選挙区間における本件選挙当時の右投票価値の較差は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたものというべきであるところ、前記各改正の経過に照らしても、右いずれかの改正において、選挙制度の仕組みに変更を加え、その結果、投票価値の不平等が合理性を有するものと考えられるような改正が行われたとみることはできないし、他に、本件選挙当時存した選挙区間における投票価値の不平等を正当化すべき特別の理由を見出すことはできない。
四 次に、本件選挙当時、選挙区間における投票価値の較差が憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたと認められるにもかかわらず憲法上要求されている合理的期間内における是正がされなかつたものとして、議員定数配分規定を違憲であると断定すべきかどうかについて検討する。
1 昭和五〇年改正法による改正後の議員定数配分規定の下においては、前記のとおり、直近の同四五年一〇月実施の国勢調査に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差が最大一対四・八三から一対二・九二に縮小することとなつたのであり、右改正の目的が専ら較差の是正を図ることにあつたことからすれば、右改正後の較差に示される選挙人の投票の価値の不平等は、前述の観点からみて、国会の合理的裁量の限界を超えるものと推定すべき程度に達しているものとはいえず、他にこれを合理的でないと判定するに足る事情を見出すこともできない上、国会は、直近に行われた国勢調査の結果によつて更正するのを例とする旨の公職選挙法別表第一の末尾の規定に従つて、直近に行われた前記国勢調査の結果に基づいて右改正を行つたものであることが明らかであることに照らすと、前記大法廷判決によつて違憲と判断された右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右改正によつて一応解消されたものと評価することができる。
2 昭和五〇年改正法中議員定数配分に関する部分は同五一年一二月五日に行われた総選挙から施行され、本件選挙は、昭和五〇年改正法の公布の日(同年七月一五日)から起算すればほぼ五年後、右規定の施行の日から起算すれば約三年半後に行われたものであるが、前記のとおり、右改正後の選挙区間における前記国勢調査に基づく議員一人当たりの人口の較差最大一対二・九二が本件選挙当時に議員一人当たりの選挙人数の較差最大一対三・九四にまで拡大したのは、漸次的に生じた人口の異動によるものと推定することができる。そして、右較差の拡大による投票価値の不平等状態がいかなる時点において憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に達したのかは、事柄の性質上、判然と確定することはできないけれども、右較差の程度、推移からみて、本件選挙時を基準としてある程度以前において右状態に達していたものと推認せざるをえない。
3 以上の事実と次の諸点、すなわち、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差が憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に達したかどうかの判定は、前記のとおり、国会の裁量権の行使が合理性を有するかどうかという極めて困難な点にかかるものであるため、右の程度に達したとされる場合であつても、国会が速やかに適切な対応をすることは必ずしも期待し難いこと、人口の異動は絶えず生ずるものである上、人口の異動の結果、右較差が拡大する場合も縮小する場合もありうるのに対し、議員定数配分規定を頻繁に改正することは、政治における安定の要請から考えて、実際的でも相当でもないこと、本件選挙当時、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差の最大値が前記大法廷判決の事案におけるそれを下回つていること、などを総合して考察すると、本件において、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に達した時から本件選挙までの間に、その是正のための改正がされなかつたことにより、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかつたものと断定することは困難であるといわざるをえない。
上述したところからすると、本件においては、本件選挙当時、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたものではあるけれども、本件選挙当時の議員定数配分規定(公職選挙法一三条一項、同法別表第一、同法附則七ないし九項)を憲法に違反するものと断定することはできないというべきである。
五 原判決は、議員定数配分規定が本件選挙当時憲法に違反するものであつたと断定しつつ、右規定に基づく選挙の効力を否定することに件う憲法の所期するところに適合しない種種の弊害の発生を考慮して、行政事件訴訟法三一条一項に示された一般的な法の基本原則に従い、本件請求を棄却した上で、当該選挙区における本件選挙が違法であることを主文において宣言したものであるところ、原判決は、前記判示と抵触する点、すなわち、議員定数配分規定が本件選挙当時憲法に違反するものであつたとした点において誤つており、本件請求は、これを棄却すべきものであつたというべきである。
したがつて、議員定数配分規定が本件選挙当時憲法に違反するものであつたことを前提とする論旨が採用することができないことは明らかであり、本件上告は、理由がないものというべきである。
なお、前述のとおり、選挙区間における本件選挙当時の投票価値の較差は憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至つていたものであるから、議員定数配分規定は、公職選挙法別表第一の末尾に、五年ごとに直近に行われた国勢調査の結果によつて更正するのを例とする旨規定されていることにも照らし、昭和五〇年改正法施行後既に約七年を経過している現在、できる限り速やかに改正されることが強く望まれるところである。
六 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官団藤重光、同中村治朗、同横井大三、同谷口正孝、同木戸口久治、同安岡滿彦の意見、裁判官藤崎萬里の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官団藤重光、同中村治朗、同横井大三、同谷口正孝、同木戸口久治、同安岡滿彦の意見は、次のとおりである。
我々は、本件上告を棄却すべきものとする理由についての多数意見の見解には同調することができないが、上告を棄却すべきものとする結論は同じであり、その理由は、次のとおりである。
上告人の上告理由の(一)は、原判決が、多数意見の引用する昭和五一年四月一四日の大法廷判決に従い、議員定数配分規定が憲法一四条等に違反する場合に、右規定に基づいて行われた本件選挙につき提起された公職選挙法二〇四条所定の選挙無効訴訟においていわゆる事情判決の法理を適用すべきものであるとしたことの不当をいうものであるが、右大法廷判決の見解を変更すべき理由はないから、これに従つた原判決は正当であり、また、同上告理由の(二)は、本件で問題とされている議員定数配分規定を憲法に違反すると判断しながら、その違反の効果として右規定が無効であることを特に判示しないのは判断遺脱又は理由不備にあたるというのであるが、その理由がないことは明らかであるから、論旨は、いずれも採用することができない。よつて、本件上告は、棄却すべきである。
裁判官藤崎萬里の反対意見は、次のとおりである。
私は、多数意見と異なり、本件訴えは不適法なものとして却下すべきであると考える。その理由は、先に参議院地方選出議員の選挙に関する選挙無効請求事件の判決(最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁)における私の反対意見の中で述べたとおりであつて、その要点は、(イ) 国会の両議院の議員定数を各選挙区の選挙人数又は人口に比例して配分することは、法の下の平等という憲法原則からいつて望ましいことではあるが、それは望ましいというだけのことであつて、憲法には一四条一項を含めて右のような配分をすることを命ずる規定は存在しないから、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数又は人口の不均衡から違憲の問題を生ずることはない、(ロ) そうすると、違憲の状態を是正する途をひらくために本件のような訴訟を公職選挙法二〇四条の規定に基づく訴訟として許容する必要があるということもないわけであつて、結局、本件訴えは不適法なものとするほかはない、というにある。
(裁判長裁判官 寺田治郎 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 中村治朗 裁判官 横井大三 裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 伊藤正己 裁判官 宮崎梧一 裁判官 谷口正孝 裁判官 大橋進 裁判官 木戸口久治 裁判官 牧圭次 裁判官 和田誠一 裁判官 安岡滿彦)